昨日は懸案の大手取次会社に行ってきた。以前の会社にいたときは割によく行ったものだ。なかよくつきあって貰った関係者が多い、が独立してから無精をの連続だったからどうだろうと思っていたが、良い方向に予想を裏切ってくれた。
当然異動はあったようだが、大きく部署を変わっている人は少なく、行けば二の返事で「どうしてるの?」といってくれる。人によっては説教になったり、不在を確かめたり、業界ならではの気心のしれた会話がある。
この失われた十年というものをやはり考え直す。
たしかに、10年前いや20年前に遡ると仕入れの窓口は、新刊を持ち込む出版社の人間の数は減った。新刊の数は増えているが、版元が減っているような気がする。出版は新刊をつくり全国販売したければ(つまりマスメディアになるが)、大手取次のこの仕入れに商品を持ち込みどれだけ配布するか相談する。取次側はその相談を受け入れ会議でだいたい3日くらいで何部という部数を決定し返事をする。新刊委託はそれから6ヶ月書店店頭で売られるわけだが(実際はすぐ返品というのが悪循環)売れなければ返品されて出版社に戻ってくる。その間に広告や宣伝などをして出版社は売るわけだ。大ざっぱにいうとこうなる。
この配本ができる太いパイプがあるのは日本の取次の特徴で流通という太平洋戦争以前のインフラないしはその制度が残っているからだろうと思う。これが中国や韓国、北米、ヨーロッパではまた話しが違う。
太平洋戦争中は「日配」といったが、その日配が出版物は取り仕切った。その中にプロパガンダ的なものも当然あったろう。この日配は中国や朝鮮などへも入り込む。
流通は考えるとなかなか面白い。東アジアを取りまく流通もある。または、江戸時代は、流通のひとつの中心が大坂だったので、地方でとれた農産物や木綿、食器(陶磁器)などは船場などそれぞれの問屋のある河岸に上げられる。これらの流通を明治以降統制して会社組織にして国鉄や日通などになる。流通はけっこう面白い。
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